劇場版 カバさんのミシン

uncycloNana_shiのらくがき帳

2026/09/19

朝早く起きて本が読みたいのに二日連続で10時くらいまで寝てしまって「こんな生活ならこうも本をため込む必要ないな、今どれも高いし」と思いつつ本を読んだり散歩したりしていた。久々にツイッターがきっかけで買った本、コンタルド・カリガリス『妄想はなぜ必要か』講義の書きおこしで、ちょっと心配になるくらい読みやすい。この本に載っている一つの症例(ベトナム帰還兵がフランスの大企業の跡継ぎの女性と結婚し、重要な仕事をそつなくこなし、何の不満もないはずなのに妻の母と肉体関係を持ち、妻に勧められて不本意ながら通院し、のちにふらっと銀行強盗に加わって逮捕される)を紹介した別の本のページを写真に撮ったのがツイッターに流れてきて気になったのだが、該当の箇所はほんの序盤(5ページ目とか)で、以降も例え話が異様にしっくり来たりしてスッと読めるが、そこまで読みつけない分野の話のはずなのに引っかかるところがあまりないのが却って怖い。先に挙げたベトナム帰還兵だが、「外見はハンサムでジェームス・ディーンにちょっと似ていた」とあり、『バッドランズ 地獄の逃避行』のマーティン・シーンを思い出した。父親にすがってウワーッとみっともなく泣いたりせず上っ面のクールさだけなぞろうとして失敗してる男。

先日外にいる虫を撮りたくなって以降、短時間の散歩でも欠かさずスマートフォンを持ち歩くようにしているが、どうもスマートフォンのカメラはなるべく虫にピントを合わせないようにしている気がして、いっこうに上手く撮れない。風景や植物はそれなりにきれいに撮れる。自動で調節する機能をぜんぶオフにすればいいんだろうか?

日野日出志の作品でいちばん好きかもしれない『私の悪魔がやって来る』紙の本が高いので諦めて電子で持っていたが、たまたま安く手に入れることができて、それが届いた。紙の本、それも文庫じゃなくて辰巳出版の大きなサイズで読むとやはり良い。体験の質が電子書籍とはまるで違う。この作品集には美男美女が比較的多く出てくるが、キラキラお目々でもアゴや腰が異様に細くもなく、元々の画風からかけ離れることなく、質量のしっかりある肉体として描かれている。

村上春樹のエッセイ『The Scrap』でその存在を知って原作小説を読んでソフト化をずっと待っていた映画『ミスター・グッドバーを探して』が少し前にようやくDVDになって、出てすぐ買ってテレビの横に置いてるのにまだ見られていない。ダイアン・キートンがかわいそうな目に遭うのを見るのが怖いんだと思う。イタリアのジャッロ映画はけっこう喜んで見るくせに。ジェリー・シャッツバーグ『哀しみの街かど』もさんざん探し回ってやっと買ったのに一度しか見られていない。

 

2026/09/13

涼しくて過ごしやすい日だった。外でよく虫を見かけた。写真を撮ろうとしたがピントが全然合わずうまくいかなかった。飛んでるトンボをいつかきれいに撮ってみたい。

ファティ・アキン『AMRUM』良い映画だった。親ナチの母親が出産とほぼ同時にヒトラーの死を知ってひどい産後うつに陥り、蜂蜜とバター付き白パンしか食べないと言うので、主人公の少年はそれを手に入れるため奔走し、その過程で世の中をより深く知って母親よりも大人になる話。邦題は好かない。ちゃんと見ていれば『白パン』だけとか、原題に沿った『アムルム島での日々』とかになりそうなものだ。「独裁者」をつけたほうがキャッチーだと思ったのだろうか。

脚本を書いたハーク・ボームは若い頃ファスビンダーの映画に俳優としてよく出ていて、コミカルで優しげな顔がずっと好きだった。『AMRUM』は元々自分で撮るつもりだったが高齢で体調も思わしくないため、弟子のような関係だったファティ・アキンに託した、ということらしい。昔ドイツ文化センターで見たボームの監督作NORDSEE IST MORDSEEは、荒んだ家庭に暮らすドイツ人の少年がモンゴル系移民の少年ジンギスと出会い互いの辛い境遇を知って仲良くなり、白い小舟で逃亡をはかる話で、最後は現実に着地せずふわっと終わるのだが、はかなげで切なくてなんともいい話だった。子どもを撮るのが巧いんだと思う。

AMRUMの主人公の少年もなかなか辛い立場にあるが、周囲の大人たちがみんなそれなりに優しくまともなので救いがある。主人公の友達に出来杉くんみたいなのがいて、彼とのやりとりもいちいち良い。メルヴィル『白鯨』について「ヒトラーみたいな船長のせいで船(ドイツ)が沈むんだとおじいちゃんが言ってたな」「じゃあ鯨はチャーチル?」「鯨は、神様かもね」というような会話があった。 ウサギを捌く場面があるのでウサギ飼ってる人は注意した方がいいかも。イジー・メンツェルの映画でも見た、ウサギを逆さに吊して首にチョップして締める場面が出てきてつい喜んでしまった。あと、卵割ったらできかけの雛が出てくるのと、アザラシ猟の場面がある。どちらもよくできているが、エンドロールにしっかり「撮影ではいかなる動物も傷つけていません」と断り書きがあった。

ウサギ好きには辛い映画のリストいつか作れそうだ。チェコ映画はたくさん入りそう。グレン・クローズが出てる『危険な情事』もぜったいダメだな。

なんかイヤな話になったので、虫が上手く撮れなかった代わりになんとなく撮った道端の花(ランタナ)を載せておきます。かわいげだけど繁殖力が強すぎて厄介だし毒もあって、もし触ってたらかぶれてたらしい。

2026/09/06

 SNSでフォローしている人たちが次々と『ちいかわ』の虜になっていっているが、私はこれからもなるべく触れずにおこうと思う。こんなことを言うと角が立つだけで何の得もないのはわかっているのだが、あれにはどこか気に食わないところがある。マンガじゃないとまでは言わないが、キャラクターの動きや表情のどの瞬間を切り取るべきか、セリフ回しをどうすれば効果的か、といったことにあまり苦心せずにすませている感じがする。「ワッ」「ワァ~」「ヤッ」でわかってもらおうなんて虫が良すぎるではないか。絵についてはあまり言うまい。しかし似たような画風でも、水沢悦子『ヤコとポコ』や朝倉世界一『デボネア・ドライブ』などからは気概を感じる。

 とかなんとか言いつつ、きのう外で見かけたちょっとヤンキーっぽい女の人のカバンに『ざわざわ森のがんこちゃん』のでっかいあみぐるみが付いててちょっとうれしくなってしまった。まだ放送されてるのかなあれ。その『がんこちゃん』つけた人が横断歩道を半分ほど渡りかけたときにアホな車がすぐ前をキュッと通り、彼女がそれに怯んでいるうちに信号が変わってしまった。小走りで無事に渡り切ったが、その間ちょっと祈るような気持ちだった。神様にではなく、やはり「がんこちゃん」に、だったと思う。

 両端を切り落としたほぼ丸ごと一本の大根が30円で売られているのを見つけてすかさず買った。算数の問題の世界だ。「たかしくんは30円の大根を一本と、一本15円のバナナを三本買いました」。鯖缶と一緒に煮たがべつに変な味ではなかった。『時効警察』で15円のバナナを買って皮剥いたら実が真緑、ってギャグがあったな。

 『バラカンビート』先週の懸賞のクラフトビールセットが当たった!懸賞に当たるのは久しぶりだ。乗代雄介『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』出版記念の小冊子が当たって以来だ。

 『レッツゴー怪奇組』のあとにやってるアニメ『正反対な君と僕』を先週初めて見て、可愛げだがなんか辛気臭くて忙しないなどと書いた気がするが、今週も続けて見てみたらこのたびはわりと感心した。押しが弱くてつねに親の顔色をうかがうのが癖になってしまっている女の子が、恋人とのやりとりでそれが普通ではないと気づく話。この子が進路について何も言わないうちから母親が「就職に有利だから経済学部か商学部」と決めてしまおうとしていて、おそるおそる「文学部に行きたい」と言うと「楽しそうってだけで決めるの?遊びたいのはわかるけど後で苦労するよ」などと言い、娘が珍しく引かない姿勢を見せると「あーもう、わかったわかった、もう余計なこと言わない、好きにすればいい」と吐き捨てるように言って居間から出て行ってしまう。こういうとき父親が「やめなさい」くらい言えばいいのに全くはっきりしないうえ、妻がその場からいなくなったあとで娘に自分は味方だと示そうとする小狡さも含めてリアルだった。

 和歌山のラジオ局で村上ロック氏がやっている番組『DREAMCORE』に先々週までハニトラ梅木氏がゲストで出ていて、請われるままに「株とは何ぞや」の基礎をいっしょうけんめい説明して、ロック氏がそれに決して納得しないのがよかった。気心が知れてるがゆえの嘘のない気持ちのいいやりとりだった。

2026/08/30

 今日の日記に書くかどうか迷ったことがあり、それを最初に書く。高校生くらいの女の子がフラれる瞬間を見てしまった。先月見つけた美味しいケーキ屋さんに行って「今月のタルト」みたいなのを二つ買ってちょっと浮ついた気持ちで帰る途中、突然「好きっ!」と聞こえたのでびっくりして振り返ると、べつにそういうことにふさわしい場所ではなく、シャッターの下りたタバコ屋の前なのだが、この暑いのに黒Tシャツを着た子供っぽい感じの男女がなんか深刻そうな雰囲気で向かい合っているのが見えた。「ごめん、ごめんけど○○のことそういうふうに思えんくて」と男の子のほうが言ったところで足早に立ち去った。とっさに出たんだろうけどなんてセリフだ、とは思ったけれど格好がついてないぶん本気だった感じはして、家に近づくにつれ申し訳なさが増してきた。世の中のありように基本うんざりしながらもとくになにもできないまま、時々妙に浮かれてちっちゃいブルーベリータルトを二つ買って二つとも一人で食おうとしているこの生き方を少し反省しかけたが、それでタルトの味が変わったりはしなかった。日曜の夕方にいつも見ている『レッツゴー怪奇組』のあとに『正反対な君と僕』ってなんか若い子向けのラブコメっぽいアニメをやっていて、いつもは興味が持てないのに今日はなんとなく見てみる。可愛げはあるが忙しなくていちいち思いつめて大変そうだなと思う。

 この週末は変な映画をふたつ見た。

 昨日の夜に見たイタリアのジャッロ『笑む窓のある家』は雰囲気があって、筋が思いっきり破綻していてすがすがしかった。眉毛のしっかりあるいい顔のヒロインFrancesca Marcianoは作家として名を成した人らしいが作品の邦訳が見つからず残念。事件の重要人物で信用の薄い乱暴者Gianni Cavinaもよかった。桟橋の上でワインを飲みながら立ち小便をするやりたい放題な場面があり、混ざらないか心配だった。幼いバッカスがワイン飲みながらオシッコしてる有名な絵がありますね。ことの発端となる教会のフレスコ画も、聖セバスチャンかと思いきやそうではなかったりして、ほのめかしとハッタリに満ちたなかなか良い映画だった。

 今日の昼に見た『ブラック・エース』の原題はPrime Cut(上等な肉)で、のどかな音楽とともにカンザスの食肉工場で人間がソーセージにされてしまう場面から始まる。ここの撮り方が巧い。直接見せないのにしっかり怖い。先日のかぁなっき氏の配信でこの部分がさらっと言及されていて気になって見てみたら、低予算でアイデア勝負の素晴らしい映画だった。シカゴマフィアの殺し屋リー・マーヴィンとカンザスの悪党兄弟が対決する話。リー・マーヴィンのほうが主人公で真っ当にハードボイルドをやっていてまあかっこよくはあるのだが、敵のキャラクターがあまりに魅力的。表向きは農畜産業、裏では大規模な人身売買に手を染めており、シカゴマフィアから大借金をして平気で踏み倒し、使者を返り討ちにしてソーセージにして送り返すものすごいやつらなのに、演ってるのが人なつこい笑顔のジーン・ハックマンと、肉とニンジンしか食べない見事なムキムキマンのグレゴリー・ウォルコットで、強い絆で結ばれ、きわめて健康的な食生活を送り、活き活きと満足げに働き、田舎の美しい風景の中で、笑顔のまま人を躊躇なく殺す。マシンガン持ってリー・マーヴィンとその手下の若造どもを追いまわすのも、でっかいコンバインで轢き殺そうとするのも、青いオーバーオールやネルシャツ着た普通の農夫で、コンバインに乗ってるやつなんて絵本に出てきそうな赤い頬で太っちょのお兄ちゃんだ。大好きなリチャード・フライシャーの『マジェスティック』を思い出す。

 インドの作家クリシャン・チャンダルの『ボンベイ・ストーリー』を読みはじめたところで、学識ある人への敬称として「パンディット・ジー」というのが出てきて、つい『バンデットQ』を思い出す。楽しくてやがて寂しいよくできた話で、テリー・ギリアムの映画でいちばん好きかもしれない。エンディングテーマはジョージ・ハリスンの作なのでよけいに思い入れがある。原題はTime Banditsで、この勝手につけられた邦題の元ネタをついに見つけたかと一瞬喜んだが、ダジャレにするほど広く知られた言葉とも思えないしまあ違うんだろうな。綴りを調べたらPandit Jiで近いんだけど。

2026/08/22、23

 『世界の快適音楽セレクション』でINU(町田町蔵)の『おっさんとおばはん』が流れてびっくりした。土曜の朝に、NHK‐FMで「おれはお前を正確にやる」が繰り返し流れたのだ。すごいことだ。

 勤めだしてしばらくの間、吉村萬壱『バースト・ゾーン』とサム・ペキンパー『ワイルドバンチ』の最後のマシンガン乱射シーンを繰り返し見ないと死んでしまいそうな時期があった。「おれはお前を正確にやる!」と思ったことは何度もあるし、なんか夢を見てて「やっぱ殺そっ!」と言って飛び起きたこともある。いま書いていてちょっと笑ってしまったけれど当時は本当に辛かった。みんなそんな感じだといいな。

 そしてさっき(日曜夜)テレビでジョン・ランディス『狼男アメリカン』を初めて見た。すごく良い映画だ。『眠れぬ夜のために』や『ビバリーヒルズコップ3』の、ユーモアで取り繕えないほどの血みどろっぷりに驚き、ジョン・ランディスは間違いなくビョーキだと思ったものだが、『狼男アメリカン』はじつにバランスがいい。友人とともに狼男に襲われて生き残った青年が自分もまた狼男に変身して人を襲い始めるまでの間の短い愛の日々が、なんとも美しくムーディーに撮られていて感動的。怖い場面に至るまでの人間ドラマにしっかり力を入れてあるホラー映画が好きだ。クローネンバーグ『デッドゾーン』『ザ・フライ』が素晴らしいのは最後みごとにグチャグチャになって死ぬからではない。わずか90分ほどの間に人生があるからだ。主人公の一見幸薄い生涯にも確かに輝ける瞬間やかけがえのない愛があって、彼らが破滅へと向かいながらもいちばん大切なものはどうにか守りきったのを我々が知るからだ。

 『狼男アメリカン』の主人公は狼男に襲われて友人を喪い自身も重症を負って以降、自分が人や動物を襲う、もしくは自分や家族や恋人が突然襲われる悪夢に苦しむ。退院し、担当看護師(ジェニー・アガター)と恋仲になり、人生を取り戻そうとするのを邪魔するかのように、友人が死んだときのままの無惨に引き裂かれた姿で出てきて、「生き残った君は狼男になる。誰かを傷つける前に自殺しろ」と繰り返し告げる。この後よくできた特殊効果つきで狼男に変身してしまうからポップな印象になるが、狼男の要素がなくてもこの話は成立する。また襲われるかもしれない、人を傷つけてしまうかもしれない、自分だけ生き残ってしまって辛い、というのは、ひどい暴力を受けて傷ついた青年の心のありようとしてじつに自然だと思う。自分の記憶が定かでない間に人が殺されたことを知った青年は、家族に電話して「愛してる」と告げたあと、電話ボックスの中で手首を切ろうとしてどうにか踏みとどまる。暴れる狼男のシルエットがスッと消えて、我を忘れてナイフを振り回す青年が現れるところを、映画を見ながら何度も想像した。むろん監督はそんな無粋なことはしない。狼男の皮にくるんだままで最後まで描ききる。最後はあっけないが、どこか救われた感じもある。

 大島弓子のマンガ『庭はみどり川はブルー』で、若くして亡くなった母親が3歳くらいの娘に乗り移って、父親を手伝ったり弟の世話をしたりしようとするのだが、幽霊でなくても、母を亡くした3歳の女の子がふとそういう気分になっただけだとしても話が成立するように描かれていて、強度のあるフィクションだと思った。『狼男アメリカン』もそういう映画だった。

 そうだ、刑事コロンボのこと書かなきゃ。土曜の夕方に『策謀の結末』を見ていたらちょっとした発見があった。終盤、今まさに通り過ぎていく船に武器が積まれている証拠を探すべくコイン式望遠鏡でよく見たいのに、コロンボが例のコートのポケットをいくら探っても小銭が見つからなくて諦めかけたところで、望遠鏡のコイン投入口に一枚引っかかってるのに気づいてそれをそっと押し込んでいたのに気づいた。望遠鏡を見つけて慌てて車を降りてから、それをやっとのことで覗いて証拠をつかむまで一切セリフなし。コロンボのいつもの無精で武器密輸を危うく阻止できずに終わりそうだったところを、誰かが諦めた一枚の小銭が救ったのだ。地味ながら良い場面。何度も見ているのに初めて気付いた。

 

2026/08/16

 涼しいうちに図書館へ本を返しに行く。帰りに公園を通り抜けていくとき、地面で何かが光る。白い蝶の形のバレッタだった。

 姉妹の漫画家ユニット・長崎ライチの妹さんのほうが亡くなったのを昨日ツイッターで知った。『ふうらい姉妹』を知ったきっかけはたしか岸本佐知子先生のツイートだったと思う。アパートに二人暮らしの天然ボケの姉妹(20代の姉れい子と小学生の妹しおり)が主人公で、彼女らはもちろんラブリーなのだが、その隣人の「馬七 馬七(ばなな ばしち)」画伯が私はとくに好きだ。

 馬七先生は未婚の50代男性で、黄色い屋根の家に住んでいて、気軽に訪ねてくる姉妹をいつでも快く迎え入れる。グレーの髪をオールバックにして口ひげをたくわえ一見ダンディなのだが、まるで子供のような、小学生のしおりがツッコまずにおれないほど稚拙に見える絵を描く。その稚拙さをもろに指摘されても気を悪くすることはけっしてない。彼の作品を見たしおりが思わず「ママありがとう たかし5歳」とつぶやくと、「それいいねえ」と即座に筆をとって「ママありがとう 馬七53歳」と書き入れてにこにこしている。飼い猫のミコちゃんを「友達」と呼び、絵のモデルにしたり意見を聞いたりしている。独身生活を楽しんでいて、一人で遊園地に行ってクレープを食ったり喫茶店でパフェ(彼はパフェイと発音する)を食ったりしている。何の衒いもない。あとのほうの巻で、中学生の頃は線の細い美少年で、写実的な画を描いていたが、好きな女の子(優しい目をした筋骨隆々の「力丸さん」。趣味がいい)に「写真みたいに描くならさ、写真撮ったほうが早くねーか?」と指摘されて3日間ほど筆を置いたのち作風を改めたことが判明する。わりとマジで偉い人なのではないかと私は思う。

 もうひとり、れい子のバイト先の雑貨店主、鳳こだまも印象深いキャラクターだ。明らかに作者から愛されているキャラクターで、前作『紙一重りんちゃん』にも登場する。手作りの雑貨、それも奇妙な仮面や皿などを売って生計を立てるという馬七先生以上に夢みたいな立場にありながら、クールな常識人みたいな顔をしてれい子にツッコミを入れ、ときに一切表情を変えないまま彼女のボケに乗ってみたり無意味なウソをついたりする。友達をあまり積極的につくらないタイプらしいが、就職に失敗し続けていたれい子を即座に雇い入れ、彼女がうっかり物を壊したり変な接客をしたりしてもさほど気にせず、姉妹がアパートを追い出された際には雑貨店の上の、亡き父から継いだ賃貸スペースの一室を無償で貸す(主な収入源はこれなんだろうに)など、かなり親切である。れい子にはすぐに好かれ、彼女の変な理屈でなんとなく丸め込まれていっしょに山に行ったり海に行ったりして、お弁当分けてもらったりしてちょっとずつ心がほぐれていくのが良い。終盤、れい子が著名人に衣装づくりのセンスを認められ、そっちの道に進むかと思いきや、「ここのバイト好きなので辞めません」と言ったとき、こだまの表情はほとんど変わらないが、なんか少しほっとしているように見える。見たところれい子とそう変わらない歳で、彼女と同じく両親をすでに亡くしているらしい描写がある。最終回後のカラーページで、主要な登場人物たちがれい子のデザインした服を着て出ていてグッと来るのだが、鳳こだまは股旅ふうのとてもよく似合う衣装を着せてもらっている。

 高田公太先生の単独公演を配信で見た。すばらしかった。今この世の中にあって、ありがとうとか、愛してるよとか、みんな頑張って生きてゆこうね、とかいったようなことを心から、感極まりながら言えるのがどれほどすごいことか。イベント内で朗読された太宰治の『美男子と煙草』を私は知らなかった。太宰は不正を目の当たりにしたり屈辱を受けたりしてその場で何もできなかったことを後でひたすら悔やむタイプの人だと勝手に思っていたが、ここではなかなかの瞬発力である。雑誌の下品な企画にあえて乗って、寒い中、上野の浮浪者と対面しに行くのだが、彼はそこで、とくに戦災孤児らしき少年たちに対してできるだけのことをし、「あそこは地獄だ」「別世界だ」と他人事にしてすまそうとする記者たちにも言えるだけのことを言おうとする。むろん悔いは残るのだが、私はけっこう感銘を受けた。現地に行く前に、雑誌社の応接間かなんかで、景気づけのつもりなのか安い変なウイスキーを一人だけ飲まされて、周りの記者連中にすすめても含み笑いをして誰も飲まない、という場面があって、太宰はこういう不快感や、安い食べ物独特の奇妙で悲しくなるような感じを表現するのが本当にうまいとつくづく思った。友達んちのぜんざいの餅が変だとか。このエッセイで少年たちにやっとおごる焼き鳥も一本ずつだし。

 今ちょうどアラン・ダフ『ワンス・ウォリアーズ』を読んでいて、自己表現の手段がそれしかないかのように家庭内や酒場で暴力を振るい続けいっこうに心の平安が得られない男の、とめどなくあふれる息詰まるような心理描写が続いてなんともしんどいが、いい時期に出会えたという気もする。

 

2026/08/09

 姪たちがイオンに買い物に行っている隙に日記を書いてしまおうと思う。二人ともかなりパワーアップしている。よく日焼けして、奇声を上げながら部屋じゅうを走り回り、こけたり殴り合ったりして泣き、膝にはいつも絆創膏が貼ってある。朝ごはんに分厚いハムステーキを焼いたらペロリと平らげ、ケーキも食べたあとに「お腹空いた!」「お昼はハンバーガーが食べたい」と言う。こう書くとどんな肥満児かと思われそうだが、二人ともよく痩せている。上の子が最近スヌーピーが好きだというから『ピーナッツ・セレクション』をあげたら熟読している。下の子はこないだまで全然本を読まなかったらしいが、たまに静かにしていると思ったら、難しい顔をして『おしりたんてい』や『銭天堂』(これは知らなかったけどちょっと怖い話らしい)を読んでいるときがある。

 昨日の夕方に「なぞ解きごっこするからぜったい答え言っちゃダメだよ」と言うのでなんだろうと思ったら、下の子が上の子に小声で問題を出す、というか、お話をつくって喋っているみたいで、聴いていると「これはネコの爪のあとではありませんか、ペルセウス(!)はネコの爪に引っかかれて死んでしまったのではありませんか」「でもキルタウロス(?)が世界をめちゃくちゃにしてしまったのです」とかなんか面白そうなことを言っているので、そういえば前に来たとき「怖い話して、お化けの話」と言われてギリシャ神話のミノタウロスとか、ヒュドラとか、ベッドの大きさに合わせて旅人の足を切る盗賊とかの話うろ覚えでしたなあと思い出して、まあ私の影響とは限らないけどやはり嬉しくなって「おっ、ギリシャ神話?」とちょっかいを出したら、眉間にしわを寄せて「ちがう!なぞ解き遊びだから!答え言わないで!」と怒る。答えも何もわけがわかんないけど……と思っていると、上の子が「この子ときどきこれやるの。わけわかんないでしょ」と心底困った感じで言うので笑った。できることなら全部聴いてメモしたかったので、下の子に「あとでちゃんと聴かせてね」と言ったのだが、お風呂に入って歯磨きがイヤで泣く、という一通りの流れが済んだあとに改めて訊いたら「忘れちゃった」と言われてしまったので謎のままである。こういうのをその場ですかさずちゃんと通して聴けたら何かが生まれそうな気がするのだが、本人も周りもすぐ忘れてしまうし、「わけわかんない」と言われていたら気を悪くしてそのうち喋るのをやめてしまいそうで、残念でならない。

 今朝起きてすぐ上の子が「なんの色が好き?」と訊くので「灰色がかった青」と答えたら「マジメに答えて!」と怒られて、わけがわからんと思っていたら、さっき、青色のビーズでつくった宇宙人をくれた。なるほど。こういうのどうやって持って帰ったらいいんだ?

姪にもらった宇宙人