「ジャニーズのいない紅白歌合戦は紅組の勝利に終わった。司会のH・Aがマイクを持った手で気のない半端な拍手をしながらかすかに嘲りを含んだ笑みを隣に立つM・Hに向けると、M・Hはクスリとも笑わずに静かに相手を見据えた。いつの間にかH・Aの背後に回っていたK・Hがものも言わずにH・Aを蹴倒して肩を膝で押さえつけ、短刀でその首を刎ねた。出血はほとんどなかった。そこまで血が巡っていなかったのだった。K・Hが呆けたような笑顔をうかべたままの生首を銀の盾にのせてうやうやしくM・Hに献上すると、初めてM・Hは笑った。瞳に熱を帯び、唇は豚の脂身を口にした直後のようにぬらぬらと光っていた。ズラウスキーの映画でソフィー・マルソーが見せるような、狂おしくきわめて甘美で艶めかしい笑顔だった。NHKのややバタ臭い顔つきのアナウンサーがヒッと小さな悲鳴を上げて床にへたり込み、そのまま小便を」まで書いたところでメメちゃんが夜泣きを始めたのでとし子は手を止めてこたつを出て隣の部屋に急いだ。
やがてメメちゃんの泣き声がやみ、遠くで除夜の鐘が聞こえ、「ゆく年くる年」が終わろうとしていたが、テレビの真正面に陣取ったカタ江はそのどれにも気づくことなく、食べかけの歌舞伎揚げとチョコパイの散らばったこたつ机に突っ伏して寝こけていた。とし子が戻ってきてこたつに足を突っ込もうとしたとき、元気のよい声が響いた。
「おはようございまーす!」
やけに長いことトイレに籠っていたミチローさんであった。セーターもポロシャツもズボンも脱いできて上半身裸に白い猿股一枚で、ミチローさんは再び「おはよーございまーす!」と声を張り上げた。
カタ江が目を覚まして「はあ?」とつぶやいた。
とし子が「やめて。メメちゃん寝てるから」と止めるのも聞かず、ミチローさんは陽気に歌い出した。
「あーたーらしーいーあーさがきた、きーぼーおのーあーさーだー」
それでいてラジオ体操をするのではなく、腕を大きく振り膝を曲げ伸ばしして、ヒンズースクワットのような動きをひたすら繰り返した。歌と動きが全くかみ合っておらず、最初こそ歌舞伎揚げをつまみながら見ていたとし子だったが、ついに居たたまれなくなって「もうわかったから!あけましておめでとう!」と叫び、カタ江に「ふざけるのが下手な人だから……」と言ってどうにかその場を収めようとしたが、やっと歌うのをやめたミチローさんが、今度はコマネチのような動きをしながら叫んだ。
「マリアンナ海溝!」
満面の笑顔だった。
「風邪ひくから服着て」テレビを消しながらとし子はつぶやいた。
(つづく)